土佐武田の里 施設整備奉基金賛金募集中

土佐武田の里 施設整備基金奉賛金募集中
趣 意 書     平成27年7月1日告示


高知県吾川郡仁淀川町大崎340-1
武田勝頼土佐の会 会長 岡林照壽
電話FAX・0889 20 2003


* 天正十年中、土佐の香宗我部家を頼って土佐に落ちのびた武田勝頼公、父は甲斐の武田信玄公、母は諏訪の御寮人、時は433年余りを経過しました。
同行した三枝夫人と子供達、僧侶家臣達も土佐の山野に眠っています。
武田家は二十代の武田勝頼公(諏訪四郎神勝頼とも)を最後に終焉となっています。
土佐では武田家再興をと願っていましたが、戦国の嵐は土佐でも吹き荒れ歴史の闇に葬りさられてしまいました。近年歴史の洗い出しを行った結果、ミステリーな歴史ロマンは観光資源として地域に貢献されようとしています。
しかしながら、歴史の表からは隠れ偲んだ現状からして、史跡(墓地)等は自然石が並べられただけで、名前等の表示も無く、清和天皇を祖とする彼の武田家崇高な霊場とは言えません。
そこで、甲斐武田家の当主としての誇りを取り戻すとともに、観光史跡として恥ずかしくない史跡(墓所)を実現するために施設整備を計画致しました。
全国の武田家一統さまを始め、郷土の縁の方、及び歴史フアンに呼びかけまして、左記の歴史史跡を慰霊碑と玉垣等で整備するため奉賛金をお願いするものであります。

           記

一、 武田勝頼公、三枝夫人 慰霊碑・玉垣(鳴王神社)
二、 武田信勝公(勝頼嫡男)慰霊碑・玉垣(山の神)
三、 武田正晴公(勝頼三男)慰霊碑・玉垣(寺村観音堂) 
四、 その他施設(奉賛金募金者の碑等)



土佐武田の里施設整備基金・奉賛金について。


・施設整備奉賛金の募金活動は三ヶ年をめどに、目標額三百万とする。
・会計は、施設整備基金&武田の里準備基金特別会計をつくり管理する。
・この特別会計は、武田勝頼土佐の会の会計基準を適用する。
・募金額が超過した場合は、役員会に諮り設備の追加又は本会計に繰り入れる。
・資金が不足した場合は、役員会で諮り予算内で出来る案を決定する。

奉賛金の内容     
・奉賛金は一口一万円を原則とする。 (但し小口の募金も歓迎します。)
・玉垣の石柱に高額奉賛金募金者の名前を刻印します。
  鳴王神社(勝頼公墓所)  正面八本は一本十万円、側面八本は一本五万円
  山の神(武田信勝公墓所)  十二本は一本五万円
  寺村観音堂(武田正晴公墓所)十二本は一本五万円
・募金者奉賛碑は一口以上の者を掲載する。
     
奉賛金の郵便振替払込先
・名  義:武田勝頼土佐の会   
・口座番号:01640=0=132187


イメージ図
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勝頼ニュース2015/8  
武田勝頼土佐落人伝説ゆかりの「鳴玉神社」


本来の社号は「鳴王神社(メイオウジンジャ)」だった!
社号の謎を解いたキーワードは「柿の木


 高知県吾川郡仁淀川町の「武田勝頼土佐の会」(岡林照壽会長)では、同町大崎にある武田勝頼土佐落人伝説ゆかりの「鳴玉(ナルタマ)神社」の社号を、本来の「鳴王(メイオウ)神社」に修正することとなった。
 同会が収集していた資料の中に、昭和2年12月26日付けの土陽新聞(高知新聞の「身代わり新聞」として創刊された新聞)の「名勝史蹟・天然記念物、大藪の彼岸桜」と題する記事の中に「鳴王神社」が出ていて、それには「メイオウジンジャ」とルビが付されていたため、本来の社号は「鳴玉」なのか、「鳴王」なのかが、かねてからの課題となっていた。
 これに対して、山梨県韮崎市の「武田勝頼・新府にらさきの会」(高木智朗代表)から寄せられた「柿の木」についてのアドバイスが、課題解明への手がかりとなった。
 高木代表は「大崎玄蕃(勝頼)の系図とされる中に「(勝頼と夫人を)柿の木の下に葬る」とあるように、古い文書に木の名前が出てくるときは、それなりの意味合いがある。柿の木には、死や死者に結びつく俗信が多く、死んだ人の魂が憑依する霊木だと考えられている。また、柿の木が植えてある場所は、顕界(この世)と冥界(あの世)との境目であり、冥界への入口だともされている」という。
 つまり、柿の木がある鳴玉神社は、勝頼と夫人の墓所であり、冥界への入口だということになる。家康が死して「東照権現」と神格化され、「東照宮」が建立されたように、大崎玄蕃も埋葬の後に「玄蕃頭比古命」と神格化され、「冥王(冥界の王)」との尊称が与えられ、冥界の入口(柿の木の傍)に「冥王神社」が建てられたものと考えられる。そして、「冥王」と公言することをはばかったのか、一般の人達に読みやすくするためかわからないが、「冥王」を「鳴王」と表記したものと思われる。それが、いつの間にか、「鳴王」が「鳴玉」に読み間違えられ、一般化してしまったのではないか。
 これらの推論から、社号は「鳴王(冥王)神社」であり、「メイオウジンジャ」と音読みするのが本来であろうとの仮説を得るに至った。
 この仮説を、明治初年に内務省の布達により高知県が調査し、まとめた県下の神社の総目録であり、いわば公式記録でもある「高知県神社明細帳」で検証したところ、同明細帳にも「鳴王神社」と記載されていた。
 これによって、同会は「鳴王神社(メイオウジンジャ)」を正式社号と見なし、順次、パンフレットなどの表記も替えていくこととしている。

 なお、柿の木を霊木とする俗信は、武田勝頼の出自である信濃国(長野県)に多く、同県では「幽霊は柳の木ではなく、柿の木の下に出る」といわれている。
 また、「玉」の字も、常用漢字表外では「オウ」と音読みすることができるので、「メイオウジンジャ」は「鳴玉神社」でも、あながち間違いだとも言えない。
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