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仁淀川ひな回廊

仁淀川ひな回廊  流域6ヶ町村連携イベント
「仁淀川で おひな様と 待ち合わせ」


霊峰石鎚山 ~仁淀川流域~ 太平洋桂浜

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*仁淀川町:大崎八幡宮参道階段ひな

川石・竹・木・紙など、何でもかまいません、手作り作品募集中!
大崎八幡宮参道階段に手作りのおひな様を飾ります。
売店も出ます。(このイベントは龍馬パスポートの対象です)

期日は、2月28日~3月1日 10時~15時(28日は夕方まで見えます)
駐車上は、旧吾川中学校グランドをご利用下さい。
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お問合せ:仁淀川町の観光を考える会 電話:0889-34-3719
       事務局電話:0889-20-2003 岡林たばこ店

手作りおひな様(竹と折り紙)見本!
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*越知町旧:大川薬舗
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*佐川町:酒蔵ロード
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*日高村:日高酒蔵ホール
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*いの町:いの大国さま~いの紙の博物館
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*土佐市:ドラゴン広場

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2015年  年越しキャンドルナイト

      2015年 第1回 年越しキャンドルナイト

      大崎八幡宮の階段を光の参道にしよう!
      365本のローソク・光参道を登って初詣
      12月31日大晦日階段登り口集合
 
午後11時半から点灯式・0時から新年祭があります。
  (長生教ではお雑煮の御接待を行っています)


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主催:大崎いろはにほへとの会  有志です
     <誰でも参加できます>


お問合せ:岡林たばこ店(電話:0889-20-2003)
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観光ガイド研修会 内容の公表

観光ガイド研修会を実施 12月21日 午後 

1 研修実施日   平成26年12月21日(日)
    場所:現地及び仁淀川町中央公民館


2 実施内容    
研修1,現地研修(仁淀川町寺村観音堂)聖観音仏像拝観
平安朝後期の町文化財指定聖観音仏像の見学会
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研修2,講演会(仁淀川町中央公民館3階研修室)
 1,講師:岡本 桂典(高知歴史民俗資料館学芸員)60分
    演題:宗教考古学からみた仁淀川流域の宗教関係遺物から)

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 2,講師:北平地 則夫(地域ガイド)20分
    演題:仁淀川流域の植物と地勢について

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 3,講師:井上 光夫 (地域ガイド)20分
    演題:仁淀川流域の長州大工と建築物について

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3 研修成果(この研修で得られた成果など)  
   参加者22名(当会員・越知平家会・佐川くろがねの会・一般含む)
*仁淀川流域に眠る宗教的・地勢的文化財に目を向け、自然景観にプラスして、そこにしかない文化を紹介するための勉強会、及び余り知られていない宗教的文化財にスポットを当て、また山野草や山岳地層などの勉強会で成果を得られた。

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開会挨拶で「武田の里 大崎の陣 “まいさるく”ガイドについて基調講演
会長の資料1を公開  ミステリーに迫る! 

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別紙説明資料
野中兼山と谷秦山家に使えた2人の奉公人 「池きさ&寺村兼」
<笑い不動と武田正晴(宿毛平田寺山に養子・松村→寺村)>
谷秦山・池内氏(香宗我部家老)・野中兼山(婉)の関係
<「2人の奉公人について」勝頼曾孫「兼姫」と母?>
・宿毛に幽閉された野中兼山と婉を最後まで補佐奉公した池きさ(正晴の息子勝正の嫁だった、出身は池左近進頼勝の娘)、勝頼の3男正晴が養子に行った処が宿毛平田の寺山松村右京秀春、池きさと出会ったのでしょうか。

 39番札所の延光寺場所は宿毛平田寺山、奇しくも同じ場所ですが延光寺に養子に入ったのでしょうか、此の正晴の孫が谷氏に奉公に行った「兼」です。
延光寺にある「笑い不動掛け軸」門外不出が四国へんろ展・県立美術館で展示されるとか、勝頼の墓所鳴玉神社の上手に笑い不動の不動明王の祠が有ります。地元では年2回祭りが行われており、言い伝えでは明治の時代火事で一部焼けていた掛け軸を行商人に修理に出してから戻らないと「笑い不動掛け軸」果たして真相は。
四国霊場記(昔のガイドブック)から39番礼状:赤木山寺山院延光寺の挿絵から見てみる!

*寺山の入口山門の手前(右手)に「寺主の屋敷」以外民家は見当たらない。
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・笑い不動の箱に天正18年(1590)の書き込みがあると新聞から、正晴の子(勝正)が2年後の文禄元年(1592)に生まれています。正晴が養子に行ったのは年天正18年(1590)ごろで何か関係ありそうですが真相は。
*谷秦山(1663~1718)が56才で死去。晩年罪名不明、無実の罪で蟄居。その間塾を開いた。「神代巻塩土伝」の研究物を著す。1700年頃から私塾。

*谷秦山の親の墓と並んで池内氏の墓あり。野中婉がお世話になったと、池内の伯母のお墓をさいさいお参りするという興雲寺(の西)は中ノ村に池内の邸があった近くらしい。
*野中家に奉公人を紹介したのは池内家と公文家、池内は香宗我部家家老職、公文は野中家に使えていた関係。また池内家は谷氏と同じ場所に墓があり親類関係だったと思われます。つまり池内家を中心に野中兼山家と谷秦山家が繫がっていた事になります。

*池内氏と野中兼山(1615~1663)の娘お婉様の関係
皆山集(*宝暦13年(1763)未正月 池内真友記言い伝えを書く。)
野中伝右衛門殿のご息女於エン様(1661~1726)は、安履亭と号す。朝倉にお住まいす。
お上より御扶持を下し給い、博学大智のお方なり。池内一家へ故あるよしにて度々御入りになられる訳を左に記す。

一、曾祖父の池内伝内の妻は公文善左衛門の妹。此の公文氏は、昔徳善村(西祖谷山村善徳?)300石あまりを領すとあり、御入国以後浪人となり、徳善村に住む。野中の御家へ出入りをする。(土木技術を持った使用人では)
「ある時、(公文)伝左衛門殿おおせられ候は、慥(たし)かなる婦人の奉公人を肝いり候様仰せられる。善左衛門が申しあぐるはわたしの妹があり。池内伝兵衛・池内小左衛門の伯母です。 是を差しあぐると申すべきかなと申し候えば、その方の妹の儀は、たしかなる事およぶべきか所望とおおせられ、直ちに奉公に入る。

二、お気にも入り久々勤めおり申すうち、彼のご一家(野中家)重きお咎(とがめ)にて、数々のご子息達、宿毛へやられ、伯母といたわり付き添い、彼の地へ参る。
その後お配所の伯母を・・・・公文家へ参る人もこれ無きゆえかな。池内小左衛門真森が宿毛へまかりこし・・・・廟所は興雲寺西にある。安履亭(婉・エン)は伯母を親とも思われめされ、ご深い志ゆえ、お入りの度ごとに廟へまいりなされ、父市右衛門の時代にお入りの節、狩野朴筆を養い、竹に日の図、掛け物と錦での徳利を下されるなり。今の家にある。・・・・右之通訳ゆえ、一家出入りをいたし、お懇ろにおおされ候よし、父市郎右衛門これを噺つくし書き記す。

*野中婉は元禄16年(1703年)宿毛から高知へ帰る。
享保10年(1725年)12月30日没、66才  柳蔭亭と呼んだ。
母池きさ 母公文かち 母やな 母美濃部つま」  ・・皆山集から
*勝頼→政晴→勝正→兼について(武田家系図から)
慶長十五年庚戌(1610~)出生・父病死の砌漸く十三才也之に依り母親は池左近進に預け後信房の妻の兄枝川村住人寺村彦左衛門清次方に養育を頼みし所外姓の方に掛り人として居り難く思いしや家名を隠し枝川村百姓源右衛門と申す者権親として彼の娘と称し寛永元年甲子(1624)潮江の谷氏に奉公し同二年には中山氏へ奉公し終に中山興市兵衛直秀の准妻となり男女四人産育す慶安二年二十八才にて暇を乞い清次の妻となって居りしが慶安四年又中山へ行き終に後亦枝川へ帰り彦太郎清秀の妻となる。

*谷氏に奉公した「兼」は勝頼の曾孫に当たります。父は池左近進の女から妻を娶り生まれた女子が兼です。母は池氏の女ですので(階山集記録から)野中家に奉公した奉公人は「池きさ」ではないか、親子で野中家と谷氏に奉公に行ったことになります。
公文家は野中邸に出入りする使用人だった(甲斐の土木技師ではなかったか)全てが香宗我部家で繫がっている。
土佐藩で著名な両家に武田の影が垣間見えます。
追求された事案ではと思います。

「見られん 聞かれん 言われん」が一族に流布したとか!

「山梨県笛吹川の河川整備(木製井型堰)は武田の技術者、一方、野中兼山の宿毛・伊野・山田堰(木製井型堰)は同じ工法で武田・香曾我部家と深い関係に有ったと思われます。

39番札所:中村安並石見寺から宿毛延光寺に変更
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・勝頼同行の僧が石見寺の住職となる(土佐武田系図から)18世栄智が1596年~この人物か、また25世栄如の時代1702年醍醐法印末寺御加「遊法流相続」、遍路札所を譲ったことか。土佐藩では五代藩主豊房の時代藩主は「谷秦山」を登用している、翌1703年「野中婉」の幽閉が解かれて高知に帰っている。六代藩主豊隆(養子)の時「谷秦山」が投獄されている。(藩主の交代で処遇が影響している・・?)

谷泰山は洋学を広め山内家・野中兼山・後の坂本竜馬・中岡信太郎など維新に大きな役割を果たした人物です(土佐山田に野中兼山・えん・谷泰山の墓が有ります)」

考察
・兼の母は池左近の娘、父が死亡の際池へ帰る(野中家の母「池きさ」ではないか)
・谷氏に奉公した兼は母が池氏から来ていた、母が野中家へ娘が谷氏に奉公か!
・長篠の戦い後香宗我部を頼り、武田の家臣内川や馬場氏が土佐に入っている事実。
・武田家の奉公人等の人材登用が、野中、谷両家がえん罪の主な理由だったのでは。

疑問
・赤亀山寺山延光寺は、元は石見寺の末寺で 常唱桜本寺と・上の挿絵では赤木山寺山院延光寺と書かれている(いつから木が亀に化けたのか)南光薬師如来とも書かれている。
・1591年南光院(南尊上人とは=寺山松村家に養子の武田正晴のことか?)
・1598年に延光寺遷化し1627年まで相立て也(2つの寺があったのか)。この間弘法大師自作の御影が盗難。
・1702年39番札所が石見寺から延光寺に変更(同年、中村の天神山實相院地蔵寺の栄厳和尚が死亡以後が不明)、笑い不動の記録は南路志が初見ではないか!

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観光ガイド研修会

観光ガイド研修会 平成26年12月21日

高知県観光ガイド連絡協議会助成事業、観光ガイド研修・個別勉強会(レベルアップ研修・ガイド養成講座)仁淀川町会場(仁淀川町中央公民館)のご案内!    
<仁淀川流域には私達が自慢できる文化・芸能・歴史が眠っています>


場所:仁淀川町大崎中央公民館3階会議室
時間:午後2時~  午後4時半
チラシ:下記のチラシをクリックしてご使用下さい。


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主催:高知県観光ガイド連絡協議会・武田勝頼土佐の会・仁淀川町の観光を考える会
後援:仁淀川町  ・仁淀川町教育委員会
お問合せ:電話FAX 0889-20-2003   メール:kindsea@shirt.ocn.ne.jp
*参加申込み(FAX又はメール)武田勝頼土佐の会


研修会の終了後ごご5時から忘年会を行います。
参加をお待ちしています。
場所は大崎「夢や」会費は男子4000円 女子は3500円
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武田善兵衛

Author:武田善兵衛
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