氷室天神社の縁日と安居神楽奉納

氷室天神社の縁日と安居神楽奉納
平成26年11月25日(火)氷室天神社参道入口
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氷室天神社の拝殿、本殿は此処から更に斜面を300mほど登った岩壁の所に
鎮座、祭神は菅原道真

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本殿の登り口
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参道は全て自然石の階段(現地の岩を割って採取して作っている)
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途中にある桧の自然木数百年は経っていそうです
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石積みの上に本殿は建てられています。
20m位の石の壁が迫り上がっていて、神秘な場所です。
右手の上に氷室の洞窟があります。
藩政時代には、旧暦6月1日手箱山の氷室から氷を取り出して藩主に献上したという。
安居氷室神社→吾北村十田氷室神社→鏡村小山氷室神社を経由して高知市へ入った説がある。(池川町史から)
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雨がひどくなって写真がボケル、参拝・・日が射してきた
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梅鉢家紋と梅に木の彫り物「菅原道真」のご神像があるという
周防長州大工の作ではないかと言い伝えられている。

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参拝の後、拝殿まで降りてきて屋根の葺き替え落成と、秋季大祭が祭祀。
この後10年ぶりくらいに神楽が奉納された。

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安居土居集落の氏子さん達とお酒を酌み交わす。
この地は、我が社家岡林家のルーツで、天正10~13年ごろ、在地の社家岡林家18代目の娘を信州から逃れてきた大祝(武田)勝貞が娶り、大崎八幡宮(天正14年)初代神主岡林源勝貞を名のる。

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安居神楽はその当時既にあり、熊野神社の伝記には建武の時代、京から戦乱を逃れてきた皇族が御神体を奉仕し北斗妙見神社・熊野神社を創建した伝説あり。
舞を舞って居るのは我が孫、初めての舞です。チャッパは次女です。

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本日、小田原からのお客さんが見えられました。山奥までたづねて来ました。
本日は私も太鼓打ちがあり、境内での勝頼伝説ガイドをお話ししました。
この場所は、勝頼の嫡男「信勝」が池川氏(道番庄屋)から3女を嫁に貰った場所でした。
また、勝頼の娘が嫁いだ雅楽(がらく・武田信豊の次男)の屋敷も有った場所です。

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この後神楽は延々とつづき、午後5時半ごろ終了。
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