スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

安居神楽と熊野神社神官岡林氏

安居神楽と熊野神社神官岡林氏

熊野神社神楽奉納・ハ所河内神社と隔年で奉納 12月12日
aaa14.jpg

長生教(ちょうせいきょう)社家(しゃけ)岡林家

由  緒

遠祖である初代神主は山城国の北斗妙見神社、熊野神社、三社十二社大権現の神主とされ、建武の時代京の戦乱から逃れ尊き皇族の身ながら御神体を捧持し奉り、吉野川を遡行して本川村葛原に落着、此処に三大妙見社を建立、後吾北村寺野樅ノ木山へ分霊を勧請社殿建立、熊野権現は樅木山高樽の峰に遷座、後御神託があり安居郷宮ヶ平の山中に百二社権現を祀った。この熊野神社神主が高吾北の神主として岡林姓の祖となる。

12月12日安居熊野神社(百二社権現)マイ孫のデビュー
aaa13.jpg

嫡流の家が代々神主を世襲(代々の系図は明治四年の火災で焼失す)
十八代(大崎八幡宮初代)大祝 甲斐守源勝貞(家紋は梶葉紋)
天正十一年十七代目岡林神主の時、信州より戦乱を逃れ来た神主(諏訪大明神社)である大祝源勝貞に岡林神主の娘を輿入れする。

梶葉紋
 
天正十四年六月十五日に大崎玄蕃(武田勝頼)によって建立された川井神社(現大崎八幡宮)に甲斐より携えて来た品々を奉納された大祝氏の大祝源勝貞が岡林甲斐守源勝貞と変名し初代宮司となる、ここに岡林氏と大祝氏の伝統の血を受け継いだ神主が発生する。
天正十四年七月梶屋敷に御次(みつぎ)明神社を建立し諏訪大明神を勧請した。
大崎八幡宮二十二代目神主岡林正神が昭和二十八年(宗)長生教を興す。

長生教教祖岡林正神(22代目大崎八幡宮神官)
kantyou000111.jpg

長生教神社御霊殿の戦没者名簿の一番目に"武田信勝が祀られている">武田信勝が祀られている。
(武田勝頼の嫡男、武田信玄・織田信長の孫、大崎の小森に墓所があります)

長生教の神楽(引地の神祭11月27日)
aaa15.jpg


img049.jpg

img050.jpg

わっはー はー はー はー はーー
img048.jpg

あとがき
岡林家由来については、大崎八幡宮神主系図、岡林家系図、安居神楽伝承記、神社明細帳、玄蕃祭伝承記、皆山集など史料、岡林家に伝わる遺物・遺品などを参考とし私見を少し交えて述べました。研究不充分の上、誤りもあるかと思いますが、なお後世の訂正を俟つことに致します。
 代々受け継がれてきた血脈が続いておる家系といのは滅多に存在しない、さらには平家の物語や土佐に落ち延びた武田勝頼の伝説の継承、他に例をみない玄蕃祭や祭祀を現在まで連綿と続けて来たことにまことに驚くべきことである。 他地域とは隔絶した風土が日本全国の中でもとりわけ古い伝統文化を残して来たものと考えられる。
        
      記 平成11年6月15日 尾崎福正 より
        
        
関連記事
スポンサーサイト

武田の里 軽トラ市

第4回1月5日 武田の里 新春軽トラ市 ご期待あれ! 

今回もこんにゃく実演販売が有ります。
餅つき実演体験試食*今回の目玉です。
子供さんは凧揚げしませんか,参加者にはお餅をあげます。
数に限りが有るけど、その時はゴメン!

場所は:吾川中学校グランド(仁淀川町大崎300番地)


aaa07.jpg

こんにゃくをゆでています。遅越のてるおさん。

aaa04.jpg

釜が二つ、左の釜はいわおさんの焼き芋。右はこんにゃくの釜

aaa05.jpg

焼き芋鍋と竈を囲んで昔の話しに花が咲く地域のサロンです。
aaa09.jpg

勝頼ほうとう(山梨では「信玄ほうとう」と言って陣中鍋だった)味噌汁に肉と野菜うどん芋カボチャ等が入っています。
強調文武田の里・大崎の陣の名物にしよう。
お椀に入れて、試食で振る舞っています。


aaa11.jpg

美味しいですよ! ありがとう。ご馳走様

aaa08.jpg

まだまだ人出が少ないですね。
参加団体は8団体でした。
参加は池川安居・加枝・遅越・大崎でした。
次回は池川のパンやさん、仁淀長者からも出店を予定しています。


aaa06.jpg

関連記事
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。