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第1回全国武田の里サミットinn土佐「秋の陣」・仁淀川こども祭り

第1回全国武田の里サミットinn土佐「秋の陣」

・第2回仁淀川こども祭り


秋の陣チラシ真



 ・第1回全国武田の里サミット企画書.pdf へのリンク
 ・第2回仁淀川こども祭り&お国自慢大会案内.pdf へのリンク
 ・戦国はし拳バトル(ゲーム).pdf へのリンク
   詳細は上記のリンクより。 


   はし拳バトル・甲冑コンテスト・コスチュームなど申込9月末まで

16時半~は勝頼ゆかりの玄蕃太鼓やモチ撒きレセプションがあります (^u^)
(レセプションは有料)1500円/人  田舎バイキング込 参加申し込み要。


擐甲の礼(信勝の世継ぎ式)
         大崎八幡宮境内


PB2535721.jpg


この日のメインイベント「丸亀城鉄砲隊の演舞」
akinojin22.jpg

キャラクター「かつよりくん」着ぐるみ登場!
 本陣では、当日は皆様をお出迎えします。


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きぐるみ

サミット会場の最後の演舞「玄蕃太鼓」








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知られざる・伊予武田物語

  伊 予 武 田 家


戦国最強の武族「武田家」は本拠地を甲斐武田家(山梨県)

に置き安芸武田家(広島県)若狭武田家(福井県)で活躍した

ことは知られているが伊予武田家(愛媛県東予地方)は余り

知られていない。



    もう一つの武田家伊予に有り

         龍門山城(伊予武田家本拠地)山頂付近


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 伊予武田本拠地「龍門山城」は愛媛県今治市・西条市・新居浜市が一望出来る今治市朝倉龍門山(標高439m)の山頂に位置し、北山麓には武田家当主「武田信勝公」の墓所・居住跡・無量寺・光蔵寺(武田家菩提寺)が有り南、東予地方には武田家末裔の方々、家臣が多く住み着いている。




  武田家起源(おこり)

  武田家は第56代「清和天皇」から始まり、第7代目「新羅

三郎義光」が初代武田家の祖となり第10第目の信武の時代

に「甲斐武田家」(山梨県)と「安芸武田家」(広島県)にそして

第15代「信栄」の時代に「若狭武田家」(福井県)に分流されます。


1) 甲斐武田家

  甲斐武田家は第19代「信玄」天正10年(1582)第20代

 「勝頼」は天目山で自害したとして正史は終わっていますが

 実は影武者を残し嫡男「信勝」長女「ゆす姫」を引き連れ土佐  

 に落ち延び62才まで活躍したとの系図・伝説・史跡によって

 明らかになっており、第21代「信勝」が成立するが、ここで

 戦国最後の武将「武田家」は滅亡します。


2) 若狭武田家

  若狭武田家は第15代「信栄」から始まり「元明」まで続き

 ますが天正10年(1582)に滅亡します。


3) 安芸武田家

  安芸武田家は第14代「信栄」の時代から第18代「信実」

 まで続きますが大内氏との戦いに敗れ滅亡します。


4) 伊予武田家

  伊予武田家の元祖は「武田信友」が一時期「銀山城主」

 (広島県)の城主をしていたが信繁の子「武田国信」との

 争いありて武田信保(長男)を伴って伊予国は越智郡竜岡

 村(玉川町)に移り住むとある。


 武田信保=「武田兵部小輔」朝倉郷、太之原重城山館主

        母は笠松山城主「岡部蔵守」長女


 武田信高=(武田備前守)朝倉「竜門山城主」太永5年没

        その後を継いだのが「武田信充近江守」が城主

        となる。


 武田信重=(備前守)信勝の兄、周布郡志川文台城主


 武田信勝=(近江守)信重弟、母は相原主馬頭の娘、永禄

        5年、兄に替って竜門山城主となり同11年土佐

        国、長曾我部元親が軍勢、宇和島へ乱入せし時   

        伊予より土佐に300余艘にて反撃、信勝を含め

        3千余騎は浦々を焼き払ったため長曾我部の軍   

        勢は国元に引き返す。


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      竜門山城主「信勝」 5人の男児


 第一子 信吉「武田真三郎」幼名=富若丸、母は武田右京

      進の娘、今治藩主「福島正則公に推挙され、水の上

      の庄屋となる。水の上墓地には五輪の塔があり代々

      光蔵寺を墓地とし、天領郷代官を相務める

      ★ 水の上大庄屋として明治に至るも絶縁となり

       代々の墓所は無量寺境内にあり(永禄18年没)

 第二子 清若丸 戒名=本光院知幼大童子、病死


 第三子 信則「武田彦三郎信行」 浅地木戸にて討死に

      (西条市丹生川本源寺に墓石あり)


 第四子 信鳳(武田政五郎) 浅地木戸弓場大石本に分家

               在住し菩提寺を正善寺とする。現在  

               の本郷 武田谷男家の祖先である。  

               (慶長5年没す)分家「武田鉄太郎」


 第五子 信猶「武田源三郎」落城後、周布郡石田村に逃れ

               住む、現在も子孫が旧東予市から

               定期的に無量寺にお参り有り。
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戦国の集落

戦国の集落

キャラクター「かつよりくん」です。

土佐の山や谷間で遊んでいます


29杉野

勝頼は武田の王 = 玉 = 龍 空に現れた雲の龍
「土佐武田の里 大崎の陣」に甦る土佐武田の一族を此から紹介します。


DSC00357.jpg

白龍が現れたのは此の看板設置が完了した日でした!

看板の正面が土佐に落ち延びた、「武田信勝の墓所の真ん前です」80m位。

DSC003521.jpg

此は来る平成24年10月13日に行われる
第1回全国武田の里サミットin土佐 「秋の陣」
及び「第2回仁淀川こども祭り」の段ボール甲冑コンテストの制作状況です。
この程度で十分こどもは笑顔が出ますよ、参加しませんか!


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秋の陣2012 第四回目となります。

 ・第1回全国武田の里サミット企画書.pdf へのリンク
 ・第2回仁淀川こども祭り&お国自慢大会案内.pdf へのリンク
 ・戦国はし拳バトル(ゲーム).pdf へのリンク
   詳細は上記のリンクより。 


   はし拳バトル・甲冑コンテスト・コスチュームなど申込9月末まで

16時半~は勝頼ゆかりの玄蕃太鼓やモチ撒きレセプションがあります (^u^)
(レセプションは有料)1500円/人  田舎バイキング込 参加申し込み要。


擐甲の礼(信勝の世継ぎ式)
         大崎八幡宮境内


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